2019-08-01から1ヶ月間の記事一覧

日記(4)

日記(4) 「だめよ、私なんか。あなたは美しいわ。私はあなたが羨ましい。あの赤いガーベラのようだわ」 と、すぐにその人は言った。静子は“あなたの名前は?”と聞きたかったのだ。まだ会ったことのない人だった。 「さあ??」速く掃除をしましょう。………や…

日記(3)

ゆっくりと机の間を通り抜け鏡を覗いた。眩暈が少しずつ薄らぐにつれて鏡の中の顔が浮かび上がってきた。“あ”と言おうとして言葉を飲み込んだ。額の傷は大きく口を開けている。みるみるうちに血が盛り上がり、今にも、どっと溢れそうだ。静子は鏡に両手をつ…

日記(2)

鍵盤に注がれる月の光を労るように流れる指先から青い蝶が飛び出て教室を舞っている。第一楽章が終わりに近づく頃には、蝶の数が教室に溢れ、指先が重くなるのを感じた。静子は重くなった指先を頭上に振り上げた。なぜそうしなければならないのか解らなかっ…

日記(1)

昭和三十年一月二十四日、鳩山一郎内閣が解散した。解散の理由について「天の声」と答弁したことから“「天の声”解散と名付けられた。梅雨期間になっても降水量が少なく、梅雨明けも早かった。東日本では記録的な暑さが続いた。 高校二年生になった静子は文化…

日経を読むOL

二月に入ってから雨は降らず、予報に反して寒さが厳しい。ハイウェイローズの蕾が枯れ始めた葉の間で赤く膨らんでいる。よく見るとレディヒリンドンの薄い黄色の蕾も見え隠れしている。例年と違った師走の庭を見ながら背を丸めて玄関を出た。 最寄りの私鉄駅…

江戸川放水路

早朝、車で江戸川放水路に向かった。関東一のハゼ釣りのポイントと言われている。 東西線の「妙典」駅の近くを通って釣り場に向かったが、江戸川放水路の土手を通って水路を目指すのには往生した。やっとの事で、市川市妙典スーパー堤防駐車場に車をおくこと…

鯉濃(10)

話に驚いたのか、のぼせてしまったのか、めまいを感じ、ふらついた。 すると湯煙の中をゆらゆら近づいてくる女の姿が写った。女は桶に入った水を頭にかけた。水の冷たさに我に返って見ると、女の下半身は美しい鯉だった。 「ありがとうございました。もうす…

鯉濃(9)

この人は普通では無い、それでもいい、黙って聞こうと温泉の湯を顔にかけて、次の言葉を待った。 「祈りました、毎日、毎日、祈りました。そしたら仲間から聞いたのです、貴方がここに来るということを。きっと鯉を、鯉濃を注文すると。そうすれば番頭さんが…

鯉濃(8)

「時の経過は分かりません。分かりませんがだいぶ待ちました。その時、あなたは鯉を食べました。その鯉は私の連れ合いです。一緒になって子供を宿して直ぐでした。連れ合いは姿をけしました。湖を離れたと仲間から聞きました。それは致し方ないことです。宿…