日経を読むOL

 二月に入ってから雨は降らず、予報に反して寒さが厳しい。
ハイウェイローズの蕾が枯れ始めた葉の間で赤く膨らんでいる。よく見るとレディヒリンドンの薄い黄色の蕾も見え隠れしている。例年と違った師走の庭を見ながら背を丸めて玄関を出た。
 最寄りの私鉄駅から二つ目の駅でJRに乗り換える。駅の下方にJRのホームが見えるが連絡通路がないので両駅を繋ぐように並ぶ商店街を五分程歩く。商店街の中程に間口一間程の焼き鳥屋がある。おせいじにも綺麗とは思えない立ち飲みの店だが、何時も勤めがいりの客が多い。昨夜も店に入りきれずに道路脇に拵えられたテーブルを囲む赤い顔に笑い声が絶えなかった。
 朝夕、通勤時間帯の乗降客はお互いに避けながら両駅へ向かう。自転車にぶつかりそうになり大声で怒鳴り合う光景は日常茶飯事だ。
 改札口を入って長い下りのエスカレーターでホームにでる。電車の入線時刻も迫っていて乗客は乗降口の白線に沿って二列に並んでいる。列の最後尾では、つり革に掴まるのは難しいと思って乗り込むと向かい側のドアの隣のつり革に掴まることができた。
 前に座っている人は、毎朝そこに座っている人で、3つ目の駅で降りる人だ。
 左隣の吊革には日経を読んでいるOLがいる。鞄がOLの鞄に接しているのに気づき、体の前にずらしながら吉村昭の漂流を取り出し続きを読む。電車が3つ目の駅に滑り込むと前に座っている人が降りる仕草を始めた。前の人が立ち上がったので体を後ろにずらすと、その人は前をすり抜けてドアに進んだ。座ろうとすると前にOLが座っていた。既に日経を読んでいる。目をつぶった。OLが新聞の頁をめくる毎にOLのしぐさが気になる。文庫本に目を移したが、同じところをまた読んでいる。
 降車駅でドアの前に立ったとき、目の隅にOLが腰を上げるのを感じた。