日記(2)

 鍵盤に注がれる月の光を労るように流れる指先から青い蝶が飛び出て教室を舞っている。第一楽章が終わりに近づく頃には、蝶の数が教室に溢れ、指先が重くなるのを感じた。静子は重くなった指先を頭上に振り上げた。なぜそうしなければならないのか解らなかったが、その瞬間、睨み付けた鍵盤に向かって手を叩きつけた。その音に驚き青い蝶はかき消えたかと思うと、グランドの土が雷雨に跳ね上がり、瞬間、稲光が走って落雷した。部員はまだ来ない。
 静子は呆然として楽譜を見つめていた。暫くすると目のごく近くを何かがゆっくりと落ちていき、やがて赤い色を残しつつ鍵盤に広がっていった。血だ。真っ赤に澄んだ血が白い鍵盤に広がっていたのだ。おそるおそる立ち上がったが、眩暈がしてピアノに手をついた。ボーンと無気味な音が教室に広がった。何処を怪我したのか解らなかったし、痛みも感じなかった。