日記(1)

 昭和三十年一月二十四日、鳩山一郎内閣が解散した。解散の理由について「天の声」と答弁したことから“「天の声”解散と名付けられた。梅雨期間になっても降水量が少なく、梅雨明けも早かった。東日本では記録的な暑さが続いた。
  高校二年生になった静子は文化祭の準備に追われていた。放課後、練習のため音楽室へ急いだ。四時を過ぎたのに部員は誰も来ていない。机は左右に寄せられて、ただっ広い教室のほぼ中央にピアノが置かれ、廊下側の壁には等身大の鏡が机の間から見える。暗くなり始めた空に遠雷が聞こえ、机の花瓶に生けられたガーベラは、赤い花びらを散らして首を垂れている 静子は椅子を引き寄せゆっくりとピアノ・ソナタ「月光」を弾き始めた。