日記(7)

   静子は南武線に乗り換えた。静子は新聞を広げ、もういちど日付を確認した。
 ガタンと車体を震わせて登戸駅を発車した電車は宿河原と久地で乗客の乗り降りを確認しながら、五時十三分に久地駅を発車した。程なく電車は乗客をシートに押しつけながらカーブを勢いよく曲がつた。その時静子は、前方に下り電車が脱線しているのを見た。次の瞬間電車は急ブレーキをかけ乗客は前のめりに倒され、電車は下り電車に突っ込んでいた。
 押しつぶされた電車は静子に襲いかかり、静子の目の前は真っ暗になった。はっとして額に手を当てようとしたが手が上がらない。息が苦しくなってきた静子は、やっとの事で額に手を当てることができた。手に生ぬるいものが感じられた。又、ググ、ググと電車が静子の身体を締め付けた。涙で周りが霞んだ。

  「ごめんね遅くなって。もう今日は練習止めようと思うの」
  「え、なんですって!」
  静子はハット我に返った。やっと元に帰れたのだ。
  「ねエ、今年は昭和三〇年よね」
  「そうよ。泣いたりしてどうしたの」
  静子はすすり上げた。そして鏡を見た。何もかも、元に返った。静子の長い髪も基のままだ。
  「そうよね。昭和三〇年八月七日よね」
  静子は一目散に音楽室を出た。静子は涙を拭きながら時計を見た。四時、まだあれから一分も経っていなかった。時計は何時ものように気持ちよさそうに時を刻んでいた。校舎を出ると夕立がやって来た。静子は濡れるのもかまわずに、雨の道を駆けて行った。