日記(1)

 昭和三十年一月二十四日、鳩山一郎内閣が解散した。解散の理由について「天の声」と答弁したことから“「天の声”解散と名付けられた。梅雨期間になっても降水量が少なく、梅雨明けも早かった。東日本では記録的な暑さが続いた。
  高校二年生になった静子は文化祭の準備に追われていた。放課後、練習のため音楽室へ急いだ。四時を過ぎたのに部員は誰も来ていない。机は左右に寄せられて、ただっ広い教室のほぼ中央にピアノが置かれ、廊下側の壁には等身大の鏡が机の間から見える。暗くなり始めた空に遠雷が聞こえ、机の花瓶に生けられたガーベラは、赤い花びらを散らして首を垂れている 静子は椅子を引き寄せゆっくりとピアノ・ソナタ「月光」を弾き始めた。

日経を読むOL

 二月に入ってから雨は降らず、予報に反して寒さが厳しい。
ハイウェイローズの蕾が枯れ始めた葉の間で赤く膨らんでいる。よく見るとレディヒリンドンの薄い黄色の蕾も見え隠れしている。例年と違った師走の庭を見ながら背を丸めて玄関を出た。
 最寄りの私鉄駅から二つ目の駅でJRに乗り換える。駅の下方にJRのホームが見えるが連絡通路がないので両駅を繋ぐように並ぶ商店街を五分程歩く。商店街の中程に間口一間程の焼き鳥屋がある。おせいじにも綺麗とは思えない立ち飲みの店だが、何時も勤めがいりの客が多い。昨夜も店に入りきれずに道路脇に拵えられたテーブルを囲む赤い顔に笑い声が絶えなかった。
 朝夕、通勤時間帯の乗降客はお互いに避けながら両駅へ向かう。自転車にぶつかりそうになり大声で怒鳴り合う光景は日常茶飯事だ。
 改札口を入って長い下りのエスカレーターでホームにでる。電車の入線時刻も迫っていて乗客は乗降口の白線に沿って二列に並んでいる。列の最後尾では、つり革に掴まるのは難しいと思って乗り込むと向かい側のドアの隣のつり革に掴まることができた。
 前に座っている人は、毎朝そこに座っている人で、3つ目の駅で降りる人だ。
 左隣の吊革には日経を読んでいるOLがいる。鞄がOLの鞄に接しているのに気づき、体の前にずらしながら吉村昭の漂流を取り出し続きを読む。電車が3つ目の駅に滑り込むと前に座っている人が降りる仕草を始めた。前の人が立ち上がったので体を後ろにずらすと、その人は前をすり抜けてドアに進んだ。座ろうとすると前にOLが座っていた。既に日経を読んでいる。目をつぶった。OLが新聞の頁をめくる毎にOLのしぐさが気になる。文庫本に目を移したが、同じところをまた読んでいる。
 降車駅でドアの前に立ったとき、目の隅にOLが腰を上げるのを感じた。

江戸川放水路

早朝、車で江戸川放水路に向かった。関東一のハゼ釣りのポイントと言われている。

東西線の「妙典」駅の近くを通って釣り場に向かったが、江戸川放水路の土手を通って水路を目指すのには往生した。やっとの事で、市川市妙典スーパー堤防駐車場に車をおくことができ、土手をまたいで放水路に釣り竿を垂らした。

すぐに、当たりがきたが、中々引き上げる事ができなかった。当たりの半分は魚籠に入れることはできなかった。今年のハゼは不作の様でした。

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鯉濃(10)


  話に驚いたのか、のぼせてしまったのか、めまいを感じ、ふらついた。

 すると湯煙の中をゆらゆら近づいてくる女の姿が写った。女は桶に入った水を頭にかけた。水の冷たさに我に返って見ると、女の下半身は美しい鯉だった。

 「ありがとうございました。もうすぐ雷雨になります。」
   窓が大きく開いた。鯉はするっと窓を大きく開けると湖に大きな水飛沫を上げた。その水飛沫は満月を消し去り、天地は暗くなり雷が起こる。やがて雨は二つの雨柱となり、その中を二匹の鯉が駆け上がっていった

終わり

鯉濃(9)

 この人は普通では無い、それでもいい、黙って聞こうと温泉の湯を顔にかけて、次の言葉を待った。
  「祈りました、毎日、毎日、祈りました。そしたら仲間から聞いたのです、貴方がここに来るということを。きっと鯉を、鯉濃を注文すると。そうすれば番頭さんが釣りに来る。そう、番頭さんが来ました。他の鯉に邪魔をさせないようにと仲間が協力してくれて私をその場に案内してくれました。そして今日、貴方の夕食の膳に出たのです。鯉濃として、そして私は貴方の身体の中で連れ合いに会うことができたのです。」

鯉濃(8)


  「時の経過は分かりません。分かりませんがだいぶ待ちました。その時、あなたは鯉を食べました。その鯉は私の連れ合いです。一緒になって子供を宿して直ぐでした。連れ合いは姿をけしました。湖を離れたと仲間から聞きました。それは致し方ないことです。宿のお膳に鯉濃として出されました。子供を産んでから、もう一度、連れ合いに会いたくてずーっとずっと待ちました。きっと会えると思って。貴方の身体の中で生きている連れ合いに」

鯉濃(7)

 「動かないで!お願いですから動かないで下さい。少しだけ話
を聞いて下さい」

「聞く?」

「お願いです。お礼が言いたいのです」

「お礼?」
  湯煙が大きく動いた。若い人だ。三十歳前後か。少し落ち着いてきた。

「勝手ですが急ぎますのでお話しします。貴方をお待ちしてましたの。」
  事情は分からなかいが、黙って聞く事にした。烏の行水にとって、急ぐのはありがたいことだ。

「貴方は昔、此所に来られましたでしょ。」

「三十年も昔です」
 驚きに、つい、口を挟んでしまった。